パッチワークス活動記録 | 愛媛劇団

愛媛県松山市を中心に演劇活動する劇団です。2017年5月CTTセレクション松山参加。2017年5月27日/28日第3回本公演「η(エータ)」

CTT松山vol.18 終わりました。ありがとうございました。

こんにちは、パッチワークスの村山です。

9月3日/4日、C.T.T.松山に「≠(ノットイコール)」という作品で参加させていただきました。
ご来場いただいたたくさんのお客様、直接意見をぶつけてくれた方々、シアターネットワークえひめの皆様、参加者、関係者の方々、そして座組みのみんな、本当にありがとうございました。

いつも「作る」ことに集中できる環境である、C.T.T.松山で毎回何かしら強く感じること、考えるものを
もらっています。

今回アフタートークで、

「演劇を表現手段に選んだ理由」と「なんで演劇をやっているのか」

という質問をもらいました。

初日にその質問をもらった時、自分の中でまとまらなくてもどかしくてその夜考えました。
考えて「自分がやっている理由、選んだ理由」について現時点での考えが言語化できたので日曜の回で
しゃべりました。初日に答えられなかった、それについて書こうと思います。

Q.なんで演劇をやっているか
A.自分の中の「怒り」を形にしたいから

先日のC.T.T.セレクションのアフタートークで世界劇団さま、Nomadさま、劇団サラブレッドさま、
それぞれに「台本を書く時に初期衝動的な、何か感情的な起点はありますか?その感情に名前ありますか?喜怒哀楽的な」な質問をしたことがあって、その時それぞれの言葉で答えてもらったのですが、ほぼ共通で

「感情」で書いてない、むしろ「無」で「どうすれば面白くなるか」だけを考えている

的なことを言われてて、これが客観性、面白くなることをずっと突き詰めて考えてるからすごいんだ、
面白いんだ、と思いました。

客観性がない、面白くない、わかりにくい、自己満足、という課題があった自分にとって
それが出来たらいいな、すごいと思いました。

でも結局書き始める時いつも「怒っている」気がします。
何に対してなのか、誰に対してなのか、全然わからないけど何もかもに対して怒ってる気がします。
少なくても今は「怒り」が大きな要素です。

ただ自分の「怒り」は人からすれば全然興味のないことでそれを伝えようとしたらいろんな力を借りないと
出来なくて。役者やスタッフ、そしてそれを受け取るお客様。
一人でできないんです、なんで一人でできないかな、演劇。

で、これが次の質問につながります。

Q.演劇を表現手段に選んだ理由
A.演劇がすごい暴力的な表現手段だと思ってるから

演劇がすごい暴力的と感じるのが、シアターねこだと何もない4間×4間の舞台に
役者が「ここは○○だ」と定義したらそうなってしまう、たった一言、一つの仕草、で
世界を改変してしまうことです。
特にWorld Wide Worksの舞台の世界改変の凄さ!めちゃくちゃ舞台を見てて振り回されてるように
感じているのにものすごく気持ちよくて。

ここは○○だってそこにいる人が決めてしまって、それを見ている人まで共有・支配させてしまう方法があって。
役者、スタッフってめちゃくちゃ暴力的に世界改変してるじゃないかって。

「怒り」を「暴力」につながるのが一番自分にとって自然で。
一番「暴力的」なものじゃないと、「暴力的」だから演劇をやっているんだと思います。

懇親会で「演劇をやっているということを誇りに思えるようになってほしい」と鈴木さんがおっしゃっていました。
今とてもじゃないけどそう思えなくて、恥ずかしいし、申し訳ないし、ごめんなさいと、演劇に。

それでもやるんですけど。演劇。

次は11月あたりに第二回本公演「≒(ニアリーイコール)」をやります。
一緒に作らせてください。役者、スタッフ、募集しています。

楽しいだけでも嬉しいだけでも苦しいだけでもない、いろんなものをいっぱい今回ももらえました。
本当にありがとうございました。これからも頑張ります。

パッチワークス 村山公一