パッチワークス活動記録 | 愛媛劇団

愛媛県松山市を中心に演劇活動する劇団です。2017年5月CTTセレクション松山参加。2017年5月27日/28日第3回本公演「η(エータ)」

「君の名は。」見てきたので感想。たぶんこれって世界を拒絶する物語。※ちょいネタバレ

小説 君の名は。 (角川文庫)

小説 君の名は。 (角川文庫)


君の名は。」を見てました。CTT前に。セカイ系(僕と君とその周辺で完結するセカイを救うお話)を
めちゃくちゃポップに組み直した見せ方ですんごい泣いたんです。で、あとで考えたらこれって「僕と君」VS「世界」の話、もっというなら「自分以外は全て拒絶」の物語だよなーって。

三葉さんと瀧くんの入れ替わり、最初は驚きだったかもしれないけれど自分の中に他人がいて、他人の中に自分がいる状態を体感していて、しかもそれが一度だけではなく何度も何度も繰り返してきたら、自己と他者の境界があやふやになってくるはずで。

そうしたらもう二人にとってお互いの体は「自分のもの」っていう感覚になってくるはずで。最初の入れ替わりで瀧くんは「性欲」的な要素で三葉の体を認識していたのが、話が進むにつれて「自分の体」として大切なものとして認識しはじめるんですよね。

「性欲・異物への興味」から自分のものとしての「所有欲」「包括性」を認識しちゃったらもう、他の人に興味が持てなくなるよ。そりゃ。しかも「東京のイケメン」「かわいい女の子」というある種の理想が自分の中に入り込んできてるんだから。

だから物語の途中で「自分以外」の憧れだった奥寺先輩はどんどん存在感を失っていく。憧れから「その他大勢」に切り替わっていく。

世界を救うのも結局は「僕と君」がいなくなるのが嫌なだけで、「僕と君」が保証されるならそれ以外の世界を拒絶するくらいの依存性、所有欲、陶酔があの二人だけの感覚にはあると思う。

「自分のもの、体」がなくなる、なら、なくなる世界は拒絶、改変してやる!が「君の名は。」だなと。これが救うっていうプラスの動機でよかったと思う。マジで。マイナスの動機だったらあの田舎の村を滅ぼすエンドだってありうるよね。

あの村の過去の因習やしがらみに抑圧、弾圧、傷つけられてる場合、三葉を救うためにあえて見殺しエンドだって普通に考えられる、というかやるだろう、瀧くん。

三葉という他人のためじゃなくて、傷つけられてる「自分」を救うために逃げるために生きるために。

だから世界を救うことというでかすぎて実感できないことがイコール自分を救うことっていう構図になったんで僕は動機として納得できたというか。

自分以外みんなどうでもいいんだ、その他大勢がどうなろうとその他大勢は自分を省みないんだから自分もその他大勢なんかどうでもいいんだ。でも自分のためなら「ついで」で世界を救うよ。でも世界は自分を拒絶しているんだから、こっちも拒絶して改変してやるよって話だと思った、「君の名は。」

また見に行こうと思う。映画でわかんなかったとこ、小説でいっぱい補足されてたんんでそれを踏まえたらもっと楽しめそうだし。