パッチワークス活動記録 | 愛媛劇団

愛媛県松山市を中心に演劇活動する劇団です。

【まつもと演劇祭参加によせて(パッチワークス主宰 村山公一)】

まつもと演劇祭、本当にいい時間ありがとうございました!当日パンフレットに書いた言葉を転記します。

今「演劇を表し現す」ことを考えて、思ったことを書きました。


以下文面


こんにちは、四国愛媛で演劇活動をしているパッチワークスの村山公一と申します。

今回まつもと演劇祭で上演の機会をいただき、本当に嬉しく思います。

そしてご覧頂いている皆様、まつもと演劇祭実行委員会の皆様、

そしてこの場ではありますがいつも刺激と勇気を与えてくれている各地の演劇仲間の皆様、他多くの方々のおかげで演劇ができます。

本当にありがとうございます。


「地域で演劇をすること」、まつもと演劇祭のシンポジウムの中で僕は「多様性の担保」という言葉を選びました。

演劇が「ある」こと、そしてその演劇の中でも多様で豊かな表し方が「ある」ということ、それはここは、地域は「いろんなものがある、あっていい」場所と

いうメッセージを放つと考えています。

それは演劇に限らずダンスに絵画、音楽にスポーツ、趣味に挙げられる数々、それぞれが人がそこにいたい、いていいと感じられる、

「あった方がいいもの」だと信じています。


その上で「地域で表す」ということが多くの場合「東京」と対峙する場面があり、

その都度「東京」に対しての言葉が求められることがあります。


もはや別の国ほどの所得差とインフラ、そして東京の文化圏で踊り消費される「これからは地域の時代」という言葉。

それに抗うのではなく、無視するのではなく、卑屈におもねるのではなく、妬むのではなく、「今ここ」で表し、発する人間として、

踏みとどまり、対峙し、対話の言葉を持ちたいと思うのです。


演劇は必然性の文化だと僕は捉えています。

意味のない存在であっても「意味がない」という意味を持ってそこに「在り」、演劇の必然性を構成する要素として輝きを放ちます。


だとすれば「地域で演劇をやる」ということは、「演劇」が地域でやることを必然性として活かしてくれる、活かさずにはいられない、

と信じています。


僕は必然性に代替はない、と考えます。

その地域でしか出会えなかった人たちと、その地域で作った、その時その場所で培った、表し現さずにはいられないものに代替できるものはないと

思います。


演劇を続けることは思考し続けること、そして対峙し対話するための言葉を表し現し続けることだと今思っています。

東京だけではなく、時代や環境、職場や学校、家族や友人、日々変わる「続けていく」ために対峙対話する対象に届く言葉を。


「わかりあえないことをわかりあう」


ことから始まる言葉と対話があると思います。

対立ではなく対峙からの対話を願います。


本日はご来場ありがとうございます。

お客様と対峙するまでが「これまで」、そして上演終了から始まる「これから」を持って僕は演劇を続けられます。

本当にご来場いただき、ありがとうございました。


パッチワークス主宰 村山公一